DAY16

静かに横たわるのは、木目に染み入る潮風と古い紙の匂い。
規律的に並ぶ背の高い棚には、新旧様々の本が表紙を並べる。


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ハンス
「…………。」

この日、ヤグヤグの助手ハンスは図書館に居た。

テリメインの海洋生態系に関する書物の棚の隙間で
踏むたびに軋む音をたてる、頼るのに心もとない脚立を一段ずつ降りながら
ため息のように遠くを眺める。


数日前、拠点のヤグヤグの部屋に大きな水槽が運び込まれるのを見た。
何かと尋ねたハンスに、ヤグヤグはこの海域の生物を観察したいのだとそう言っていた。

それからしばらく。どうやら、彼は目当てとする生体を捕獲したらしかった。


水槽の中身は見ていない。
中を覗こうとしたが、それをまるごと覆う遮光布がかぶさっていたため
見ることが出来なかったというのが正しい。



彼の部屋をノックした際、窓が締め切られ、
作業台に灯されたランプだけが部屋を薄く照らしているのを見た。

海深くに棲む種であるから、光が苦手なのだと言った。
それから、音を嫌うので立ち入らないようにと、彼は自室に鍵をかけた。
そうして、水槽の様子と彼の部屋の中の様子は、自身の知る外に追いやられたきり。



今日にハンスが図書館を訪れたのは
水槽に遮光布がかけられてから間もなくにヤグヤグが言った
この海の生態系についての資料を集めてほしい、との頼みの為だった。


普段の雑務から比べたなら、それは大分助手らしいと呼べる使いではあった。

しかし、ハンスにはそれがどうにも
彼の不在中、自身をあの水槽から遠ざける口実のように思えてならなかったのだ。


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ハンス
「あ……」

小さく声を出して、本棚の前で背表紙を追う指を止める。
おそらくは戻し違いだろう。
海域の資料の中に、ひとつ繊細な絵のついた児童書を見つける。

この地域にも同じ童話が伝わっているのかと、奇妙に感心する。
それとなく手に取ったのは、小さな子供向けに要約をされた人魚姫の物語だった。




遮光布の水槽の中、暗い水の中に泳ぐまだ見えないその魚。
それに、強く思い当たるような姿があった。

それは、少女の上体と、つぎはぎ合わせの鰭を持つ
この海で見た奇妙な魚の事。


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ハンス
「…………。」


きっと、そう。
あの水槽の中には、人魚が居るのだ――






  • 最終更新:2017-05-14 23:58:35

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