DAY17

拠点として借りた、古びた漁師小屋の自室。
窓を閉めきり、陽の入らないようにカーテンを掛けた部屋は暗く
作業台に置いたランプだけが唯一の灯りだった。


決して広いとは言えないその部屋の中央には
部屋の面積の大部分を占めて大きな水槽が置かれていた。

そこにかけられた遮光布を軽くめくり、水槽の中を覗き込み
そこへ少女の上体を身に模る、継ぎはぎ合わせの様な鰭を持つ魚が泳ぐのを見て
ヤグヤグは、ああ、と息を吐く。



水槽の中の魚。その薄く水を透くような体、人に似て思える頭部と
そこにかぶさるクラゲの様な被膜、鮮やかにそよぐ鰭に、蛸に似た触腕のそれぞれが、
この海域に生息する生物の特徴に似ている。

しかし、それらの特徴の主達とこの魚が、全く別の種族個体であることは確かだ。



海中探索にこの魚の姿を見た際不意に覚えた、懐かしい、匂いに似た感覚に突き動かされるように
遠くから自身を伺い揺蕩っていたこの魚を、スキルストーンを使い捕らえ、ここへ迎え入れた。
また、その身の持つ生体の未知に少なからずの好奇心を抱かなかったと言えば、それは嘘だった。


水槽に背を向け、ランプの置かれた作業台に着くと
助手の男に頼み集めたテリメインの生体書を順にめくり綴られる言葉を辿ってゆく。

端から期待などなかったが、やはりその何処にも、水槽の魚へ類似したものは見られない。
その身の持つ生態の類のなさに感嘆するように薄明かりの下で手記をまとめる。



先日に海から持ち帰った小魚の一部を水槽の魚へと与え、その後の経過を観察していた。

想いの通り、水槽の魚は摂食した小魚と同様の特徴を体に現すに至った。
驚くには与えた部位には除かれていた、小魚の持つ鰭を再現しようとしていた事だ。

おそらく、この水槽の魚は摂食した生物から生体情報のようなものを読み取り、
ある程度任意的に性質を再現している。


しかし、その鰭の形が、今他に持っている他種生物の外的特徴とくらべ未発達なのは
小魚の摂食量が僅かであった為、情報が不足しているという事なのだろうか。

また、その鰭が再現されるにあたり、先についていた蛸のような──
おそらくはオクトパス男爵の物と見られる触腕が徐々に退行し始めていることを確認している。


それは通常、生物が代謝により体組織を再構築し続けるのと同じように
体組織を新しい物へと入れ替えようとしているのだろう。



この水槽の魚は未開とされるこの海の生物なのだろうかとよぎるが
きっと、そうではないことをどこか確信じみて感じていた。

思い返すのは夜の海、故郷の古い言葉の一連と黒真珠。
ヤグヤグの妻、シスカが最後に行った儀と同じ、願いの捧げ。


それへの答えが、この魚──彼女──であり
自身は彼女を自ら呼び求めたのであろう、と深くに思う。



やがて、作業台に背を向け徐に水槽の側へと再び歩み寄る。
台の上にともされたランプのみの薄明かりの部屋で、そうっと水槽にかけられた遮光布を外した。


水槽の中へ揺蕩う姿に最も目を引き見える特徴。
それはおそらくシーバンシーと──あるいはそのものを口にしたのかも知れない。


まるで少女の様な上体と顔立ちに模るその容体は、未発達だが、確かに
人の形を取ろうとしている。



──それなら、彼女が必要とするのは。




yagu1-2.png
ヤグヤグ
「……ああ。少し待っていてくれ……。」

瞳は柔らかく笑みを作り、水槽の中を見つめていた。





  • 最終更新:2017-06-04 21:12:26

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード