DAY3
凪ぎの中。
細かに揺れる波の背に月の明かりがいくつも落ちて、夜の海は鱗のようにして輝く。
空に返る波の音はその鱗の擦れるようにして響き、まるで巨大な蛇がゆったりと体をくねらせているようだった。
月を映す海の背に、一隻の小舟が浮いている。
薄明かりに影を落とす男性の口から、潮の囁く音に合わせ歌うように声がしていた。
「…………。……。」
発せられていたのは、どこの国とも当てはまらない奇妙な発音と吐息の言葉。
装丁の擦れた本を手にし、そこへ細く引かれた線をなぞりながら、くねった形の文字を読む。
それは、古く彼の種族に伝わる言葉だった。
知があり解読を進める者の有って今も示す真意を探りきれず、推測の中に多くがある忘れられた言葉の写し。
彼がなぞるその言葉は静か海へと唄うように。
その言葉は静か誰かを呼ぶように。
その言葉は静か祈り称えるように。
繰り返し、何度も繰り返し響く。
「……。
やはり、何も見えんか。」
やがて、紡がれる音が消え、ため息交じりにそう吐き出す。
「そう簡単に行くはずなどない。わかっている。
……しかし。ここであればあるいはと、感じたのだが……。」
波間にさえぎられた海の中を、見えない何処かを透かすようにして眺めて、手にした古ぼけた本を閉じる。
小舟の内、傍らに置かれたランプと周辺の海域図に腕を伸ばすと、ペンを取り小舟の位置にバツをつける。
付けられたバツの周りに、同様に数個の印が付けられていた。
やがて、小舟が動く。
月の鱗の蛇の背を、星一つほどの薄明かりを連れて歩くような速さで、浜を目指し戻って行った。
- 最終更新:2019-02-14 02:31:29