DAY36


──私は、母さんから生まれた。
母さんの、願いから生まれた。




今であれば、それも。
はっきりと知り思い返す事ができる。




人の世との関わりを絶ち、秘族になったジャゴジャゴの
その名を取るより遥かに昔、まだ、彼らが人であった種祖の事。


人里から離れて遠い、西の地に
海に親しみ波と共に暮らす、規模の小さな集落があった。

彼らは海に神があるとして畏れ、敬い。
生きるために漁に出ては、身に必要なだけの恵みを受けて、必要な分だけを分かち合い
日々感謝の念を、海へと捧げ過ごしていた。




ある凪の晩。
集落の者たちは漁に出ていた。
その日は、集落にある納めの家の者らが視察に船へ居合わせていた。

いつもの通り過ぎるはずだった夜深くの漁
月の色がいよいよ冷めたその不意に、海の底から地が割れて裂けたようにして
突如魔が流れ湧いて嵐がふいたのだ。



それはきっと、意図や理由とは無縁の出来事。
大地の脈動や、天の風巻きのような理の起こす事象の一つ。
天地の流れに引いてみればほんの些細な物事でありながら
人にはどうするともならない「偶然」のひとつが、
白羽となって突き立った、ただ、それだけの事だったのだろう。


海から湧いて出たその流を、人々は古くに魔であると仮称していた。
それは海を信仰する者たちが、神と慕い、また、恐れたその一つだった。
しかし、言い伝わるよりも遥か強く瘴気が波に広がったあの日に
先頭に立ってそれに向かったのは、
本来女性を禁制とする漁の船に、その日偶然乗り合わせていた
集落の納の家の表に立つ女性だった。




吹き出したそれは、人の知では測るに届き切らず
多くの魚を殺して、人に害をなす惨事となった。
誰もが測り知る事が叶わず、神と名を呼んだその流は、
きっと、こことは理を違え本来交わることの無い世の気であったのに違いない。




祈りの末にそれは何処かへと届いたのか、
やがて日が昇り海には凪が戻った。


それでも。
海から吹き出た瘴気の流に触れた漁の者たちは、その身の端に、別の理を宿してしまった。
魔と呼ばれた物に親和を取り何処の世ともつかない理の外へと、こぼれてしまった。


不意に流れ湧き出た別世の理。
その瘴気から皆を守るかのように先頭に立ちそれに触れていた納の家の母は、
もはや集落の者には手の施す術の知れないまで、魔をその身へと宿してしまっていた。


それは、漁に女性を禁制とした理由の一つでもあった。
海から流れいづる魔に女性が触れれば
それを身に孕み胎に宿してしまうと言われていた。




村納めの家の子は、反対をした。
しかし、それでも。彼女の孕んだ魔を人の世に連れ理を乱す訳には行かないと。



──彼女は、海に開いた境を閉じるその時に。
まるで、人柱にでもするかのように
乗り組みたちの手で、意識朧のままその境の中へと投じられた──




それから、浜辺の集落の者たちは
自分達に触れて落ちた瘴が、やがて薄れて、消え去って。再び、人に戻ることが出来るその時まで
外に瘴気を漏らさぬためにと自ら人と住む地を分けて隠れた。

村納めの家には、3人の子があった。
その3人は、それぞれが種族の納めを任されて
世にその瘴気が広がらないよう。
まだ不安定な境の流域を守るよう。
ジャゴジャゴの種を名乗るようになった。



祖を知るものが絶えて久しく
ジャゴジャゴの種祖が負った意図が、やがて瘴気とともに薄れていって
伝承が歪み、意図を知る者も消え、祈りが形式の果てに落ちたその今でも

堺の中に落とされた彼女は、
人の世の環から外されたままに別世の環に入るにも満たせず。
意識朧のあの時のまま、海の境を彷徨っている。


母さんは今も
境から抜け出ていつか過ごした穏やかな地に戻る事だけを夢の奥に
海の深くで誰かを呼び求めている。
魔に触れ膨れたその尾鰭は決して再び戻る事のない、人の姿を取ろうと望んでいる。






私は
母さんから生まれた。



母さんが望む帰還を映して
人を誘い惑わせて魔に連れ糧にするそのために


私は
母さんから生まれた。



どの世にもない理の私は──


──ここへ居ては、いけない存在。






  • 最終更新:2018-04-22 22:48:39

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