DAY4

「――ムロジャフ。それは……イルカ?」

「ああ、現地視察の者らに資料を分けてもらったんだ。

私達の祖は伝承では人と龍の子と言われているが……
私は、私達は魚や、或いはそれに近い生活圏の種族からなったものと考えている。
見てご覧。水棲哺乳類、この特徴。近いと感じないかい?
筋の付き方、外観視察に見られる性別構造……
今は内臓器官についての詳細な類似性を検討している。」


「あら。じゃあ、私達の祖先はイルカと同じ、かしら。
それなら素敵。だけど……
そこから種族が派生して……。つまり、彼らの祖先が再び陸に上がり、適正を繰り返して、
そののちに文明を持ったと考えるなら……
その過程の史実にしても、時間にしても。
随分と省略されてはいないかしら?」


「……さあ。だからまだ、確証には至っていないと言うことさ。
伝承にしても、痕跡にしても……君の言うとおりだ。
進化の過程を考慮するには、これではその間を示すには到底足りない。

そもそも私達における生活の痕跡、文明の記述……
それらの残る期間にしてもあんまり短い。
不可解なんだ、まるで突然的に発生したか、間をだけ削り取られたように。」

「……その埋め合わせが、龍の出現によるものなんじゃないかしら。」

「ははは……まさか……。

……シスカ。シスカは伝承を信じているのかい。
我々の文明における龍の顕著。……龍の存在、それを。」


「……さあ。でもね、全く否定してはいない。
正確には……否定に至るまでの確証を持ち合わせていない。かしら。」


「ああ。そうだと思った。物事を肯定から入るのが君の悪い癖だよ。
いいかい、シスカ。幻想を持つのは冒険家としては結構なことだ、しかし
龍が現れ人と交わっただの、魔力を扱う知識を授かっただの……
こうしてそれを証明する物が残っていない限りは、そんなもの、
種族の尊厳だの、そんな欲求の助長の為に創られただけの稚拙なファンタジーだ。」


「ふふ……だけどね、ムロジャフ。物事を否定からはいるのはあなたの悪い癖よ。
研究者としては、結構なことかもしれないけれど……。

龍があったという伝承はある。
それ自体の真否は置いても、そうしたことが伝えられているという事実なら。
どうかしら……全くの根拠もなく、伝承は生まれるものだと思う?

それに、否定も肯定もまだ早い。
もともと、それを確かめに私達旅をしている。でしょう。」


「……。
……はは。調子がいいな、君は……。」

「そうだ……あなたにも見せたい物が有るの。まだ検証は十分じゃない。
だけど、私たちの種族に遠く昔備わってたと、そう伝わる魔力の事。
待っ……て、い……て…………。」

「……シスカ?」

「…………ごめんなさい、大丈夫。少しだけ疲れてるみたい。」


「……シスカ。君は最近どうも様子が悪い。……どうか無理をしないでくれ。」

「……ふふ。ありがとう。――――」



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ヤグヤグ
「――……。」
頭の痛みに目が覚めて、ワインの匂いに夢だと気が付いた。


夢に見たのは、若く研究家として目を輝かせていた頃の昔。
自身の種族の成立ちを求め様々を探る道、それから
それを共にした妻の姿と、その声だった。

指をすり抜けて行くようにして失った、時計の砂の底に埋もれた今に遠くいつかの事。
探索協会に申請し借りた、使い古された漁師小屋の中でひとり、
埃の染み付いた作業台に突き伏すように項垂れ、しわがれた肌のような木目を見つめていた。


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ハンス
「……ムロジャフ博士。」

ドアの開く音がして聞きなれた声が名を呼んだ。
靴音が乾き床板を打ち付けて鳴るその度に、酔いに侵され胸が灼ける。

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ハンス
「ムロジャフ博士。飲みすぎです。
お体に障りますよ。」
様子を見かね声を掛けられる。

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ヤグヤグ
「……うるさい。」
低く、唸るように吐き出して、肩に添えられた重たい手を荒くのけた。
その腕がまだ中身の入った酒瓶に触れ、ガラスが酷く華奢な叫びをあげて赤く飛沫を床に落とす。

波の寄せるようにして脈を打ち覆う酩酊感の中で、
溺れるようにして過ぎた日々だけが戻り自身を嗤った。

払いのければ泥のように纏わりつき、
身を委ねれば霧のように消える冷たい温もりのこもる幻想を
忘れようとなお杯に手を伸ばす。


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ハンス
「…………。」

助手の男は何も言わず。ただ小さく息を吐くばかりだった。"




  • 最終更新:2017-01-15 03:46:26

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