DAY41



ゆらり、ゆらり
浮かんでは解けて消えてゆく薄青い光たちの群れ。



波のうねり、潮の流れ。海を泳いでその続きにあって
外の海からは断絶された、深く流の底へと向かってゆく。




懐かしく、あたたかい香りとともに
体中を満たしてゆく感情は、まるで雨上がりの明け空へ包まれてゆくような
奇妙に優しく、懐かしさにも似た喪失感。


流の中へと身を任せ進んでゆくにつれて
鰭が、体が、指先が。
徐々に泡になるように、薄青い光になってほどけてゆく。



泳ぎ行くそこは、私の戻るべき唯一の場所。
身体を水のように満たす流の蝕魔の根源であり。
ジャゴジャゴの種族がまだ、海辺に暮らしていたいつかの故郷。


まるで、泡になって消えてゆくよう。
ゆっくりと、自身の生まれた流の中へ。
そこへと沈む種母の懐へと、還ってゆく。


薄青い光の粒子に似て
ほろり、こぼれる睫の雫は、真珠の色に丸く浮かんで離れて
黒くくすんで微かな音を立てる。




流に溶かすのは、自身が流の境を抜けるために得た物。
自身が思い出した記憶を持つ命のそれは
同時に、自身の存在とも意を同じくしていた心。

流へ身を溶かせば、祈りと共に開いたこの境をほんの少し。
ほんの少しだけ収める事が出来るから。




けれど、わかっているのは。
境のひび割れがそれだけで閉じるには、到底たりないだろうという事。

またいつか、種母の彼女を落としたあの日のように
ほんの些細の事さえあれば、いつでもこの海は彼の陸へ通じてしまう。


それでも
それでも、きっと大丈夫。
きっと大丈夫だと、そう思うのは
彼の事を、この身の記憶はよく知っていたから。




──彼の心を縛り付け惑わせていたそれは
きっと、この記憶の持ち主の彼女の事だけじゃなかった。
いつか海辺の種祖たちの体を境の流が蝕んだように
それと同じ触が、彼の心を侵していたのに違いない。

私と共にその流がすこしでも晴れたなら
彼が、何をするべきと見つけるか。何を指標に見出すか。
きっと、きっと、知っていたから。

私は、それを信じているから。


彼がいつか、祖の意を忘れた子供たちのかわり
境を閉じるための知を見つける事が出来るだろうと。

そう信じて、かあさんのその元へと戻ってゆく。






白い光を視界にみたしながら
流の境の深くに沈み、空を見上げる母さんの、暖かくひろい懐のその中へ
ゆっくりと、ゆっくりと。
身体を溶かし、消えながら還り付く。




人魚姫の物語のよう。
身体ごと泡になり消えてゆく意識の
満ち足りたような安らぎに、だけど。






だけど。



どうしても
ひとつだけ。



あの時に。
自身の流の魔を分けてしまったあの子。

あの子の事だけが、最後にひとつ、外の世界への気がかりだった。






ぷかり。

しろい雫が、黒色の真珠へ姿を変えながら
境の上へと、溶けて浮かんで行った。









  • 最終更新:2018-06-17 10:58:06

このWIKIを編集するにはパスワード入力が必要です

認証パスワード